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なぜFlashはアニメ制作の主流にならなかったのか?アニメーター深谷氏が語る誤解と偏見

一つのファイルで絵コンテから作画、仕上げまで一貫して作業できるアニメーションソフト「Adobe Animate」。かつてFlashとして知られたこのツールは、現在でも世界の現場で活用され続けています。

しかし日本では、いまだ「Web制作のソフト」「簡易アニメ向け」といった誤解や偏見にさらされ、プロの現場で広く使われているとは言いがたいのが現実です。

今回は、黎明期からFlashアニメーターとして活躍する深谷英作さんに、Adobe Animateの魅力と課題、そしてこれからのアニメ制作における可能性について詳しくお話を伺いました。

目次

Flashアニメの歴史

まず、深谷さんが現在どのようなお仕事をされているかお聞かせいただけますでしょうか?

Adobe Animateというソフトを使って、Flashアニメーションの仕事をしています。アニメの絵コンテ制作や作画がメインです。Animateは絵が描けて時間軸を持たせられるので、絵コンテからビデオコンテ、そして直接作画まで一貫して一つのファイルで作業を進められるのが大きな利点です。一般的な手描きアニメでは工程ごとにソフトが分かれていますが、Flash(Animate)なら絵コンテから仕上げまで全てをカバーできるんです。

現状、手描きアニメの現場ではデジタル化が進む中でも、ソフトが分かれている状態が続いていると。なぜAdobe Animateはアニメ制作の現場で普及していないのでしょうか?

Animateは元を辿れば1996年からある非常に歴史のあるソフトなんですが、元々はアニメーション制作用だったのが、途中でWeb制作用のソフトとして有名になってしまったんです。ベンダー側もWebサイト制作のツールとしてプロモーションを進めたため、アニメ制作ソフトとしての認識が薄れてしまった。これが一番の理由だと思います。

FlashがWebサイトで使われていたというのはどういうことでしょうか?

1998年頃から、インタラクティブな動くWebサイト、いわゆるFlashサイトが世界中で流行しました。Flashはデータが軽くWeb向きだということで、Webサイト用としても使われるようになったんです。ブラウザーにプラグインを導入すれば、単なるアニメーションだけでなく、操作性のあるアニメーションやWebサイトが制作できるということで急速に普及しました。

つまり、Webサイト普及期に、Adobe(当時はマクロメディア)がプロモーションとしてWebサイトから広めていったということですね。深谷さんは1996年頃からFlashに触られていたとのことですが、どのようなきっかけで?

インターネットで海外のWebサイトを見ていて、拡大しても絵が荒れないアニメーションに衝撃を受けました。それまでのWebアニメーションは、ファイルサイズや色数に制約が多く、ブラウザーが落ちることも多かったんです。Flashはベクター形式なので解像度に関係なく綺麗な絵を表示でき、音も使える。これが日本でも広がるきっかけになりました。

ベクター形式はFlashの普及とともに登場したのでしょうか?

いえ、ベクター形式自体はもっと昔からあります。Adobe Illustratorもそうですし、フランスのルノーで開発されたベジェ曲線が始まりで、Appleが採用してレーザープリンターで綺麗な線が印刷できるようになったのがベクターラインの起源ですね。それがPostScriptという名前になってAdobeが普及させました。

当時のFlashコミュニティはどのような状況でしたか?

マクロメディアが1996年にFlashの開発元となるFutureWave社を買収した頃から、メーリングリストが主流で、メールでの情報交換が盛んに行われていました。日本でFlashが発売される前からコミュニティは存在していましたね。ただ、Flashをインターネットで表示するにはプラグインが必要で、そのインストールを嫌がる人が多かったんです。ブラウザーが不安定になる、得体のしれないものを入れたくない、管理者権限がないといった理由で。

Flashアニメの誤解と偏見

Flashアニメーションは良いこと尽くしのように聞こえますが、一般的なアニメ制作に比べてやりづらい点はありますか?

Flashは分業にするとかえってやりづらいですね。ファイルは一つですが、各部署ごとにファイルが増えて管理が大変になります。レイアウトから原画、中割り、色塗りまで一人でやった方が効率が良いと感じます。

それは、Flashが大人数での商業アニメ制作に普及しない理由の一つになっているのでしょうか?

いえ、それは違うと思います。Flashが現場に普及しないのは、あくまでFlashがWeb制作ソフトだと思われていること、そして「Flashアニメは陳腐なもの」という偏見があるからです。Flashはカットアウトアニメーションというお手軽な手法でユーザー層を広げましたが、それが「商業アニメのクオリティには達しない」という誤解を生んでいるんです。

セルシスのCLIP STUDIO PAINTやToon BoomのHarmony、TVPaintといった競合ソフトは、ベンダー側が「この作品はうちのソフトで作られています」と積極的に宣伝します。しかし、Adobeはそうしません。Adobeは「アニメーションを作るならIllustrator、Photoshop、Premiereで作りましょう」と言っているくらいです。

確かに、この偏見とAdobeのプロモーション不足が一番のポイントかもしれませんね。海外のアートアニメーション映画などを見ても、Flashで作られているとアピールされていないことが多いです。しかし実際には、Flashで作られたアニメーションの品質はかなり高くなっていますよね。現場の方々にもその認識が浸透していないのでしょうか?

そもそもFlashというものを知らない若いアニメーターも多いです。Flashで作られたアニメがアヌシーや日本でグランプリを獲っても、彼らは「Flashで作った」とアピールしたいのに、その情報があまり伝わらない。上層部には「Flashで作ったアニメーションはちゃちだ」という偏見があるため、積極的に公表されない傾向があります。昔は素人が手軽に作っていたから「ちゃち」だったかもしれませんが、彼らは腕を上げて、今では賞を取るような作品も作っています。日本でも公開されている中国のアニメ『羅小黒戦記』もFlashアニメだということは日本ではあまり知られていません。Flashアニメは今や「ジャンル」の一つとして見られているのが現状です。

「Flashアニメ」というジャンルとして見られているというのは、私自身もそう見ていた部分があったかもしれません。

しかし、完成した作品を見れば、使われたツールは意識しないものです。Flashは、After Effectsなど他のAdobe製品との連携もスムーズで、ベクター形式なので4Kや8Kといった高解像度での出力も容易です。これは、今後の高解像度化の流れにおいて非常に有利な点だと思います。

アニメ業界の現状とFlashが果たせる役割

私の理解では、近年のアニメ作品の品質向上にはAfter Effectsを始めとするデジタル映像処理の影響が大きいと思うのですが、After Effectsと連携しやすいのはFlashの利点かもしれませんね。

撮影技術が進化してアニメのクオリティが上がったとも言われますが、実際はやりすぎな部分もあると思っています。「絵が弱いから撮影で補わなきゃ」と思って加工しすぎる。でも、本当は絵だけで十分成立しているんです。ただ、視聴者が劇場アニメに慣れすぎて、テレビアニメにも同じレベルを求めてしまう。その結果、無駄な演出が増えている印象です。

それよりも気になるのは、HD化で作画がどんどん大変になっていること。でも本来、HDだからといって線を増やす必要はありません。たとえば、クラシックなアニメをHDで見ても「汚い」とは感じませんよね。テレビアニメには、テレビなりのバランスがあっていいと思っています。

昨今、アニメの作品数が増加し、現場に負担がかかっているという意見をよく耳にします。これはFlashで解決できる問題だと思いますか?

作品数を減らさないと無理です。毎週オンエアではなく、2週に1本にするなどしないと、もうやっていけないと思います。それにFlash(Animate)を使える人が日本に少なすぎるので、数をこなせないんです。だからFlashアニメは短編アニメが多い。

なぜFlashアニメーターの育成が進んでいないのでしょうか?育成の場は現在あるのでしょうか?

マクロメディア時代やAdobe初期の頃は、セミナーやイベントが盛んに開催され、Flashの認知度向上に積極的でした。しかし今はそうした動きはほとんどありません。Flashを教える学校もなくなってしまいましたね。今の専門学校ではCLIP STUDIO PAINTなどが主流で、Adobe Animateの存在すら知らない学生も多いです。Creative Cloudに入っているのに気づかずに、Illustratorでアニメーションを作ろうとしているのを見るともったいないと感じます。

Animateは機能が増えて複雑になった部分もありますが、難しくはありません。単にフレームアニメーションを作るだけなら、絵を描いていけばいいだけです。Flashは元々「SmartSketch」という、紙と鉛筆をデジタルで再現するという思想で作られたお絵かきソフトが始まりです。そしてそれに時間軸を足してアニメーションソフトにしたのが、後にAdobe AnimateとなるFutureSplash Animatorなんです。

少し初歩的な質問になりますが、CLIP STUDIO PAINTとAdobe Animateではどのような違いがあるのでしょうか?

CLIP STUDIO PAINTは日本製のソフトなので日本のアニメ制作フローと親和性があります。とはいえ、Flashも元々は日本のアニメ制作フローから移行しやすい感じではありましたよ。そもそもアニメ制作って外国由来ですから。それがいつの間にか、なんか難しい方向に変わってしまったんですけど。

セルシスは日本のアニメ業界と一緒になって盛り上げてデファクトスタンダードにしようとしていましたが、Flashにそういう部分はありませんでしたね。あくまでも外国のソフトでした。

新人アニメーターに向けて

深谷さんは新しい技術を積極的に取り入れているイメージですが、生成AIをはじめとする新技術とアニメーターは今後どのように向き合っていくべきだとお考えですか?

生成AIが登場した時、「中割りをしてくれたら楽になるな」と思いました。ただ、今のところ絵と絵の間を埋める「中割り」にはまだ向いていないと感じます。実写の映像では既にAIによる動画生成がありますが、アニメーションだと不自然なものが多い。まだ信用はしていませんが、時間の問題でしょう。

今後も手描きによる作画は必要であり続けると思いますか?

人間が手で描いたものには、やはり魂がこもります。機械が生成したものとはありがたみが違いますね。人間って遊びたがるから、ちょっと変なことしてみたりとか、変わったことをしたがるんですけど、生成AIはまだそうした目的では使われないでしょう。

それで、やっぱり人が苦労して培った技術を駆使してアニメーションを作るというのは、非常に尊くて、ありがたいなと思うんです。

また、Flashは解像度フリーなので様々なメディアに展開できますが、生成AIのアニメーションはビットマップで出力されることが多いので、用途が広がらないかもしれません。後から高解像度化しようとすると作業のやり直しになってしまう。生成AIによるアニメーションもあって良いと思いますが、人間が作るアニメーションがなくなることはないと思います。

今後、深谷さんが取り組んでいきたいことはありますか?

以前からずっと言っていることですが、みんなにもっとAnimateを使ってほしいです。

2026年でAdobe Animateの元となるFutureSplash Animatorが生まれてから30周年になりますよね?

実は25周年の時に来るかなと思ったんだけど、特にキャンペーンはなかったですね。だから30周年もあまり期待はしていないんです。でも、こうやってAdobe Animateを使って、アニメーションを作ってみませんか?っていうのをとにかく広めたくて。

Flashのすごいところは、シンボルというアニメーション部品の構造を持っていることです。一度作れば永続的に使え、スタッフ間での共有も容易で、オリジナルのシンボルを修正すれば全体が修正される。非常に効率的なんです。色変更なども一発でできますし、ライブラリが溜まれば再利用することで効率的に制作が進められます。だからこそ、フランスやカナダ、中国のFlashアニメスタジオは、30人程度の少人数で劇場アニメを作ることが盛んです。

シンボルと動きのライブラリがあれば、蓄積されたものを組み合わせるようにしてアニメを作れるということですね。

その通りです。最初は何も再利用できませんが、長く続ければ続けるほど部品が溜まっていきます。それに、例えば「目の色が違うな」とか「夏服にしなきゃダメだな」って思ったときは、大元のシンボルを変えることで全体がパッと変わります。シンボルだけ直せばいいんです。

もし2000年頃にFlashが普及していれば、今頃は大規模なライブラリが蓄積されて、アニメ制作の効率は格段に上がっていたかもしれませんね。

別作品だとキャラが違うから流用は難しいですけど、同じ作品内であればキャラクターの流用も容易ですし、爆発など汎用的なものであれば他の作品でも使い回しができます。あと、Flashはロトスコープも得意なんです。ビデオを下敷きにしてトレースするアニメーションも作れるので、トラディショナルなアニメーションの技術を知らない人でも、とりあえずちゃんとしたアニメーションが作れます。

私もまだAdoeb Animateを触ったことがないので、一度使ってみたいと思います。最後に、新人アニメーターの方々に向けて何かメッセージをお願いします。

Adobe Creative Cloudに入っているAdobe Animateを、ぜひ一度使ってみてほしいです。まずは難しいところから始めず、普通にフレームアニメーション、つまり原画を描いて中割りをするというところから試してみてはいかがでしょうか。

深谷英作さん
名古屋市出身の映画好きロートルアニメーター。1979年に上京し、アニメ制作プロダクション「スタジオエイト」でアニメーターになる。翌年「スタジオコクピット」に移籍。多くのTV・劇場用アニメに携わった後フリー。Flashでのアニメ制作は1997年から。TV、映画、WEB、イベントなど様々なFlashアニメコンテンツを手がける。著書に「FLASHアニメーション制作バイブル」など。

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取材・文章・撮影
梅宮 照之

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